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No.3 東揚屋団地と辻バスと(1/3)

last update Huling Na-update: 2025-08-08 06:00:25

 混濁した意識が晴れて目の前がはっきりとしてきた。空には満月。潮時なのだった。いつものように地下道に降りようとして足が止まった。どうもおかしい。力が満ちて来ていない気がする。屠りたいという衝動が湧き上がっていないのが分かる。新月の夜、月の不在でこのようなこともあるが、満月の夜でここまでひどいことは初めてだった。今回は諦めて街中を徘徊することにしよう。地上には地上の呪われた者たちがいる。その者たちに引導を渡しに行くのだ。

 地下道の出口を後にすると、鬼子使いのあの子が大通りの向こうでボクのことを見ていた。おそらくあの子もボクの異常を認めたのだろう、黙って後を付いてきた。

 辻沢の北東に位置する小高い丘の斜面に公営の東揚屋団地がある。半世紀前の造成で、今は住民の高齢化が進み空き部屋も増え、ベニヤで塞がれた窓が目立つ限界集落ギリギリの団地だ。そこから街中へ行く長い坂道を下ったところに大きなカーブがあって、裏山の採石場からのダンプがよく砂利を落としていく。カーブの曲がり終わりのガードレールの向こうは山椒畑で、暗闇の中、男が捜し物をしている。

「ない。ない。オレの体がない」

(捜し物はきっと見つからないよ)

 ボクがガードレールの外から声を掛けるとその男が振り向いた。ヘルメットの中の顔は蒼白で目が血走っている。着ているTシャツはボロボロに破れ、胸から下は血に染まり破けた腹から内臓がはみ出し垂れ下がっている。腰から下がどうなっているかは闇に包まれて分からなかった。団地が出来たばかりの夏、この男はバイクに乗って坂道を猛スピードで降りてきたが、カーブで後輪が砂利に取られ曲がりきれずガードレールに激突した。その衝撃で体が真っ二つになって即死。その時なくした下半身を永劫探す、地縛霊なのだ。

その地縛霊はそのままじっとこちらを見ていたが、また、

「ない。ない。オレの体がない」

まだボクが見えなかったようだ。鬼子のボクのことが見えない地縛霊に引導は渡せない。無理に滅殺したとしても、ボクに屠られたことを彼自身が得心しない限り、再びここに舞い戻り、

「ない。ない。オレの体がない」

 と始めてしまう。

 今回も他を当たることにして、その場を立ち去る。しばらく行ってから後ろを振り向く
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